清水孝 ホームページ


清水家のはなし

清水家の家紋
 清水家の家紋は、丸に橘(たちばな)である。橘とは、現在のカラタチの花をいう。
読みかたに「太刀」をあてはめ「太刀華」とされることもあり、橘氏の系譜に連なる武家に広く用いられた。
家紋はその氏族の定紋を原型として、代々受け継がれ他家の定紋は使わないこととする暗黙の了解があったので、家紋はほとんど変
化することなく代々一族に受け継がれてきた。

正紋(本紋、)は、本家筋の嫡子が引き継ぎ、嫡子以外は代表紋(表紋)や、家紋の一部を変化させた替紋(控紋)を使用した。
分家筋は「丸付き紋」にする場合と、「類似変紋」を使用する場合がある。
本家・分家、それぞれの家紋は同じではないが、替紋は一目みて非常に良く似ていることがわかる。



家紋は男紋と女紋があり、男紋は男系男子に継承され、一般に家紋と言った場合は男紋(表紋)を指す。
着物の紋は「染め抜き紋」と「縫い紋」に分かれ、染め抜き紋は、布地に紋を白く染め抜いて表わし、縫い紋は、正装以外の着物に用
いた。
女紋(裏紋)の意匠は表紋を基にしているが、「細輪」にするなど女性らしいものが多い。
他家に嫁ぐ場合には女紋で留袖がつくられた。
一般には、橘紋は忌み嫌い敬遠された紋であり、これを用いている氏族は共通の祖先を有するといわれている。しかし江戸時代には、
領地を拡大するため、男子を儲け分家を設けて、同族の嗣子は本家と違う名字を付け、妾子(庶子)でもその氏族の替え紋を使用する
ことが多かったことから、現在では、丸に橘紋は家紋の中でも、十大紋の一つに挙げられるほど普及している。
 清水徳右衛門の家系は分家筋であり、丸付き橘紋を家紋にしてきた。藩令により、右衛門・左衛門等と呼べる者は、所領の地名に
由来した苗字が用いられたことから、江戸時代は「清水徳右衛門」を名乗っている。
苗字が許された家では、幼名を継承する場合が多く嫡子は「徳太郎」と呼ばれた。





戻る
前へ



掲載内容は、改変・再利用を許諾しますが、法令その他に反する形での利用を許諾するものではありません。